「成果」って、いったいなんだろう。

5月から新しい講座を始めます。

そのお知らせを始めようとしたタイミングで、突然の入院。

こういうことがあると、「これはどういうメッセージ?」とか考えがちですが。
止まれのサインとか、どちらかというとネガティブなサインと受け取る方が多いようにも思います。

 

「兆し」

という言葉が、私の中には浮かびました。
微妙なニュアンスですが、サインというのか、知らせというのか。

年間クラス『生きる知恵を学ぶクラス』を第3期までやってきましたが、新しいクラスは、今までとは全く違うものになります。

 

今までと全く違うことをする。
今までに無いものを創る。

 

おそらく3期までの年間クラスも、ありそうでないユニークなものでしたが、今度のクラスはさらに違うものになります。(だから言葉で説明しにくい…)
新しい目で世界を見る、眺めるということを、言葉を超えた領域で伝えていきます。

それこそ「今までは」、そんなこと怖くて恐れ多くて考えられなかった。
私なんかにそんなことが出来るわけがない。やれるわけがない。

だからやると決めるには、大きな覚悟や勇気や決心が必要だった。

でも今静かに、「ああそうか。そうなんだね」と思っています。

 

何がどう「今まで」と違うのか。

それを説明する言葉を探しているのですが、たくさんのキーワードが浮かび、そのどれもがその通り!で(笑)
つまりこういうこと、とはまとまりません。

 

 

うろこ雲

 

 

こんな人がこうなれます。
あなたが得られるものはこれです。

と示すのがセオリー。

「それが出来てないから売れないんだよ〜!」と、ビジネスコンサルを名乗るからには言ってますとも(笑)
パッと見て効果がわかり、それ欲しい!と思わずにはいられないキャッチーなコピーが重要だってことぐらい、さすがにわかってますとも。

 

でもね。

 

そうじゃないこともある。

 

ということも知っています。

 

そんなありきたりの枠にはおさまりきれない人たちがいること。
知っていますとも、経験上(^^)

 

従来のやり方では、解決しないもやもやを持った人たち。
いろんなことを試してきて、それなりにラクに生きられるようになった。
決して不幸せでも、自分が嫌いなわけでもない。

だけど・・・

 

自己啓発本にあるような「成功」や「幸せ」に、乗っかりきれない自分をながめている。
本当にそれを欲しがらなくちゃいけないのだろうか?

スピリチュアルが掲げる美しい世界も好き。
確かに目に見えないものもあるとわかる。
だけど私のこの毎日の日常と、どうリンクしたらいいの?

ふっとそんな疑問もよぎるのだけれど。
でもこれも私がまだ何かちゃんとわかっていないからなのかもしれない…
まだ私は、何かを見つけられていないのかもしれない…

 

自分を知ることも向き合うことも、たくさんやってきた。

もう探すのはやめたはずなのに。
もしかしたら私はまだ何かを探し求めているのだろうか。

 

私が本当に欲しいものって何?

 

 

私とご縁がつながる人は、どうもこんな人が多いようです。

自分はどう生きるのか。

その最後のピースを探している。

 

きっと私も”そんな人”だったから、なんでしょうねぇ(笑)

 

 

求める雲

 

 

こんな人がこうなれます。
あなたが得られるものはこれです。

 

「成果」を示すことが王道ならば、

 

「成果」って、いったいなんだろう。

 

 

ずっと考え続けてきました。

それは単に、この講座の成果というような狭い枠組みの話ではなく、私という人間が仕事をすることの成果、私が提供できる価値です。

 

「成果ってなんだろう?」

 

問いをたてる。

 

そして待ちました。

 

出会った起業家さんや経営者さんに、尋ねるチャンスがあれば聞き続けてきました。

「○○さんにとっての”成果”ってなんですか?」

でも、明確な答えが返ってきたことはありませんでした。

 

「成果ってなんだろう?」

問いを投げ続け、待ち…

 

そして今、
誰かにたずねられたら、私はこう答えます。

「私と関わった人が、自分を活かす道筋が見えるようになること」

 

ビジネスコンサルもやっている私なので誤解されがちですが。
自分を活かすというのは、自分を活かして起業しようという話ではありません。
起業は選択肢のひとつに過ぎません。
それを選んだ人はもちろん全力でサポートしますが、起業至上主義ではありません(笑)

 

「自分を活かす」とは、実は「本質に還る」ということ。
ありのままで生きる、そのまんまの私で生きるということです。

 

自分らしく
ありのままで
自分軸で
本質を生きる

たくさんの人が好み、選び、使う言葉。
でもどれだけの人が、その「本質」を理解しているでしょうか。 

 

「知る」と「わかる」は違う。
「それをわかる」と、「それを生きる」は全く違う。

 

これを体感で、「ああわかった!そうだよね!」と思ってもらえたら、それが「成果」。

私の考える「成果」とはこういうものです。
決して、売上や何かを成し遂げることではありません。

結果ではなく、プロセスです。

 

「受講料を払って1年間通ったら、私が得られる成果はなんですか?」

かつて、こんなことを質問されたことがあります。
私が考える成果と、その方の考える成果とは、大きな隔たりがありました。

 

入院生活の気晴らしに、Kindleunlimitedで見つけたOSHOの「草はひとりでに生える」を読み始めました。
今朝開くと、こんな一節がありました。
「師と弟子」という章でした。

 

たとえあなたに数年間忍耐できるとしても、それはなんの役にも立たない。なぜなら三年のあいだ待たなければならないと考えるマインドは、実際は全く待つことなどしないからだ。三年が経ったときのことを積極的にあてにして、三年たったら跳び上がって攻勢に出る。待つ期間は過ぎました。今こそ私には知る資格がありますと要求する。
だがそうはいかない。真理を知る資格をもっている者など誰もいない。
 
あなたの用意ができる瞬間が突如として来る。
そしてあなたの忍耐は時間上のものではなく、永遠のものとなる。あなたは何かを待つのではなく、ただ単に”待つ”だけだ。なぜなら待つこと、それは美しいことだからだ。待つことは祈りに満ちた気分をかもしだす。
待つこと自体、深い瞑想だ。そして待つというそのことが、とりもなおさず大きな成果となる。
誰が他のことに構っていられよう?

 

 

あなたの用意ができる瞬間が来るのを待つ。
そのプロセスを楽しむ。

そんな講座を始めます。

 

一年間のプロセス、その体験こそがあなたの一生のベースとなる。
それが成果です。

 

どんな講座なのか。
これからゆっくりと想いを綴っていきますね。

 


 

これだけの説明でコミットしてくれた方と、日曜クラスの開講が決まりました。
5月12日スタートです。

定員4名程度。毎月1回、対面での一年間のクラスです。

具体的にどんなことをやるのか、どんな講座なのか。
話した方が断然早い。 
文字だけでは伝わらないので、ご興味ある方は直接お話ししましょう。
(オンラインで30分程度)

ご希望の方はこちらからお問い合わせください。
質問もお気軽にどうぞ。

 

病院食

 

病院食も、こうやって並べるとなんかきれい?
姉が差し入れで持ってきてくれた西利のお漬物で、外界の食べ物の味を思い出しました〜(^^)
なお、体重が順調に増えていってます(爆)

 

完治祈願!
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